イタリアからギリシャへの旅

イドラ島旅行記
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マルコさんの旅行記

テーマ:

旅行記タイトル:イタリアからギリシャへの旅

旅行期間:2001/04/04〜2001/04/13

旅行記の内容:今回の旅日記は初のギリシャ旅行を振り返ってみたいと思う。

古代ローマ人と同じルートを取ってみたいと思った私はイタリアの南部から
船でギリシャへ向かおうと決めていた。
イタリアのバーリで1泊して、夜まで時間が
あったのでアルベロベッロという町へ出かけた。
この町ではトゥルッリと呼ばれる
白い壁に小石で積み上げられてできている屋根が乗っている家が集落の様に連なっている
という変わった景色が見られる。
バーリから私鉄で1時間半もかかるので少し遠いと思いながら、昼ごはんのサンドイッチを買って電車に乗り込んだ。
電車からの景色も、とてもきれいで、赤土色の大地、黄緑色の畑、黄色の花々やピンクの花を咲かせた桜の木々と春を感じさせる色でいっぱいであった。

トゥルッリの家の集落はとても奇妙でそしてかわいらしかった。
まるで、「ここはどこ?」といった感じでイタリアっぽくないのだ。
ただ、お土産屋や観光客向けのリストランテばかりが並ぶこの集落の中で、全く観光客のいないという光景は少しもの悲しい感じがした。

  バーリへ戻り預けていた荷物を駅で取り港へバスで向かった。
バス停でローマから来たという青年と知り合い、彼もギリシャへ行くということだったので、私のつたないイタリア語で会話し、ギリシャについていろいろ教えてもらった。

船のチケット売り場でもう一人 パウロという大型観光バスのドライバーでバスごと移動するというイタリア人と知り合い、私たち2人はチケット売り場から乗船口までバスに乗せてもらった。
船は予想以上に豪華でリッチな気分に浸れたが、私たちの買った席は一番安い席でちょうど飛行機の機内の様な席であった。
しかも、前方の方には、イタリアへの入国を拒否されてギリシャへ送られる人々が子供を含めて15人程座っていて更に入り口
には警察が見張っておりリッチな気分も吹っ飛んでしまった。

ショートフィルムを撮っているというローマの青年にギリシャのアイスコーヒーをバー
で話しているうちに船は出発し、席に戻ると映画が始まっていた。
夕食を買い込んできた
私は夕食を食べ、次の日に備えてイタリアでの思い出にふける間もなく眠りについていた。

翌日、一つ前の港で降りるというローマの青年に別れを告げ、船から見るギリシャの景色を楽しんだ。


船の終点パトラからアテネへはチケット売り場で知り合った、パウロがバスで乗せていってくれるということだった。
黒い革ジャンに黒いズボン、そしてサングラスという一見
怪しい感じのするおじさんだったが、他にも何人か一緒のバスで行くということだったので、悩んだが、一緒に乗せてもらうことにした。
結局ギリシャの学生の女子5人とセネガルからの出稼ぎの黒人3人、(そのうちの1人は民族衣装を着ていてなかなか興味深かった。
)それから、イタリア人と結婚してナポリに住んでいるという品の良さそうなおばあちゃまと国籍不明な白人2-3人というメンバーであった。
途中ドライブインで休憩を取ったりしながら4時間弱でアテネ市内についた。
タダで乗せてもらったお礼をしてパウロに
別れを告げて宿探しを開始した。


ギリシャだからか、始めての国だからか、方向感覚がつかめず、又、ギリシャ文字での
看板が多く、なかなか目的のユースホステルへたどりつけず、又、言葉も全く分からない
ので、イタリアがとたんに懐かしくなった。

やっとたどりついたユースホステルには日本人が多く、イタリアを旅行している日本人と
タイプが違う、なんとなく旅を続けている的 な人々が多い様だった。
とりあえず荷物を
おいて、情報を集めに中心広場であるシンタグマ広場へと向かった。


あまり、今回のギリシャ旅行にウエイトを置いていなかった私だが、(イタリア留学後の為)
イタリアのバーリで泊まった宿になぜか置いてあった、日本語のガイドブックを見てエーゲ海の島に行ってみたくなった。
サントリーニ島とイドラ島だ。
この2つの島へ行くために イタリアでの出発を1日早めた。

 インフォメーションの女の人は無愛想なだけでなく、睨みも利かせていたので、島の
パンフレットだけもらい、そそくさと出てきてしまった。
翌日の朝8時に船が出るということだったので、早起きに備えて同室だったドイツ人の女の子と少し話してすぐに寝た。

そして次の日、起きて時計を見てビックリ7時だ。
セットしたはずのアラームが鳴らず、
予定より1時間の寝坊だ。

とりあえず飛び起きて着替えてコンタクトをつけて、5分で
ホステルをでた。
地下鉄の駅まで走り、10-15分かかる道のりを5分できてしまった。

ピレウスという港まで、20分地下鉄でかかり、港に着いたのが、7時40分だ。
それから、チケット売り場をあれこれ探しまわり、なんとか8時発の予定をしていた船に乗れ
一息ついた。
私の乗った船は高速船ではなかったので、行きは3時間かかり、船でゆっくりと睡眠がとれた。
イタリア滞在のあとギリシャに入った私には、ギリシャの人々はどうもおとなしく、暗めに映った。
話す時にイタリア人のような身振りもなくあまり笑わない
ので言葉も分からない一人旅の私は少々警戒してしまったが、きっと地理的にはイタリアに近いが、性格的には日本に近くまじめな人種なのだろう、と強引なイメージをしてみた。

イドラ島の話に戻るがガイドブックによるとこの島は車の走っていない島で、又、芸術家の集まる島として知られているらしく、こじんまりしていて、家並みもカラフルで、道も迷路の様であった。
天気も良く帰りの船の時間までゆっくり時間が取れたので、島の中を
ボーっと歩き回った。
オフシーズンの為か村はひっそりとしていたが、海の色はとてもきれいだった。

アテネへ戻り、夜はユースホステルの近くのお店でギロスというナンのような平たいパン生地に肉、トマト、玉ねぎ、サワークリームをのせてまるめたギリシャの名物料理を
大阪から来た男の子と食べた。
彼もまたなんとなく旅を続けているようで、なぜ旅をつづけているのか、彼自身もギモンのようだった。

3日目の日曜日はアテネ市内を観光した。
日曜日は博物館、遺跡等の入場が無料だったので、アクロポリスや、プラカ地区(旧市街地)など、どこも観光客と学生で賑わっていた。

私自身、あまり遺跡に興味があるわけではなかったので、観光後は公園でのんびりすごした。
日曜の夜行船でサントリーに島へ向かうことにした私は夜の8時の出向まで時間が
あり、ピレウスの港も見学できた。
7時から乗船開始すると聞いていた私は早々と船着場
へと向かったが、船はまだ着いていない様であった。
近くにいた同じく島へ向かいそうな
いでたちをした男性に船について聞いてみると、彼も同じ船で島へ向かうということだった。
ギリシャ人でミケレウスという彼は仕事でナクソス島というサントリーニ島より一つ手前に止まる島へ行くということだった。
彼もイタリアに住んでいたことがあるということで、話もはずみ、寒い外での待ち時間もあっという間だった。


船は予定より30分遅れて港に着いた。
少々の混乱はあったものの、無事席も確保できた。

ミケレウスはファーストクラスを取っていたようで、問題はなかったようだ。

席で一息ついてからミケレウスと食事をし、ギリシャ料理をいろいろと教えてもらった。

ギリシャに着てからの2日間はギロスのみで食事を済ましてい私にとっては嬉しいことだった。
それからデッキからピレウスの港を2人で眺め岬の名前や空港の場所などを教えてくれた。
寒くなってきたので席へ戻りミケレウスと少し話をしてから別れた。

私の席はまた一番安い席で夜も電気がついたままで、寝心地が悪く、運悪く、後ろに座った人は風邪らしく、咳こんでいて、とても寝付けなかった。
そうこうしているうちに
アナウンスが入り、最初の島へ着いてしまった。
まわりがざわざわしはじめ、3時間くらいしか睡眠がとれなかった。
そんなわけで、朦朧としながらサントリーニ島へ着き、宿の客引きとの交渉もなんとなくで決めてしまった。
ホテルに着いてみると想像よりよいホテルだった。
とりあえず、一休みしてから、行動開始だ!

写真:今回の旅日記は初のギリシャ旅行を振り返ってみたいと思う。

古代ローマ人と同じルートを取ってみたいと思った私はイタリアの南部から
船でギリシャへ向かおうと決めていた。
イタリアのバーリで1泊して、夜まで時間が
あったのでアルベロベッロという町へ出かけた。
この町ではトゥルッリと呼ばれる
白い壁に小石で積み上げられてできている屋根が乗っている家が集落の様に連なっている
という変わった景色が見られる。
バーリから私鉄で1時間半もかかるので少し遠いと思いながら、昼ごはんのサンドイッチを買って電車に乗り込んだ。
電車からの景色も、とてもきれいで、赤土色の大地、黄緑色の畑、黄色の花々やピンクの花を咲かせた桜の木々と春を感じさせる色でいっぱいであった。

トゥルッリの家の集落はとても奇妙でそしてかわいらしかった。
まるで、「ここはどこ?」といった感じでイタリアっぽくないのだ。
ただ、お土産屋や観光客向けのリストランテばかりが並ぶこの集落の中で、全く観光客のいないという光景は少しもの悲しい感じがした。

  バーリへ戻り預けていた荷物を駅で取り港へバスで向かった。
バス停でローマから来たという青年と知り合い、彼もギリシャへ行くということだったので、私のつたないイタリア語で会話し、ギリシャについていろいろ教えてもらった。

船のチケット売り場でもう一人 パウロという大型観光バスのドライバーでバスごと移動するというイタリア人と知り合い、私たち2人はチケット売り場から乗船口までバスに乗せてもらった。
船は予想以上に豪華でリッチな気分に浸れたが、私たちの買った席は一番安い席でちょうど飛行機の機内の様な席であった。
しかも、前方の方には、イタリアへの入国を拒否されてギリシャへ送られる人々が子供を含めて15人程座っていて更に入り口
には警察が見張っておりリッチな気分も吹っ飛んでしまった。

ショートフィルムを撮っているというローマの青年にギリシャのアイスコーヒーをバー
で話しているうちに船は出発し、席に戻ると映画が始まっていた。
夕食を買い込んできた
私は夕食を食べ、次の日に備えてイタリアでの思い出にふける間もなく眠りについていた。

翌日、一つ前の港で降りるというローマの青年に別れを告げ、船から見るギリシャの景色を楽しんだ。


船の終点パトラからアテネへはチケット売り場で知り合った、パウロがバスで乗せていってくれるということだった。
黒い革ジャンに黒いズボン、そしてサングラスという一見
怪しい感じのするおじさんだったが、他にも何人か一緒のバスで行くということだったので、悩んだが、一緒に乗せてもらうことにした。
結局ギリシャの学生の女子5人とセネガルからの出稼ぎの黒人3人、(そのうちの1人は民族衣装を着ていてなかなか興味深かった。
)それから、イタリア人と結婚してナポリに住んでいるという品の良さそうなおばあちゃまと国籍不明な白人2-3人というメンバーであった。
途中ドライブインで休憩を取ったりしながら4時間弱でアテネ市内についた。
タダで乗せてもらったお礼をしてパウロに
別れを告げて宿探しを開始した。


ギリシャだからか、始めての国だからか、方向感覚がつかめず、又、ギリシャ文字での
看板が多く、なかなか目的のユースホステルへたどりつけず、又、言葉も全く分からない
ので、イタリアがとたんに懐かしくなった。

やっとたどりついたユースホステルには日本人が多く、イタリアを旅行している日本人と
タイプが違う、なんとなく旅を続けている的 な人々が多い様だった。
とりあえず荷物を
おいて、情報を集めに中心広場であるシンタグマ広場へと向かった。


あまり、今回のギリシャ旅行にウエイトを置いていなかった私だが、(イタリア留学後の為)
イタリアのバーリで泊まった宿になぜか置いてあった、日本語のガイドブックを見てエーゲ海の島に行ってみたくなった。
サントリーニ島とイドラ島だ。
この2つの島へ行くために イタリアでの出発を1日早めた。

 インフォメーションの女の人は無愛想なだけでなく、睨みも利かせていたので、島の
パンフレットだけもらい、そそくさと出てきてしまった。
翌日の朝8時に船が出るということだったので、早起きに備えて同室だったドイツ人の女の子と少し話してすぐに寝た。

そして次の日、起きて時計を見てビックリ7時だ。
セットしたはずのアラームが鳴らず、
予定より1時間の寝坊だ。

とりあえず飛び起きて着替えてコンタクトをつけて、5分で
ホステルをでた。
地下鉄の駅まで走り、10-15分かかる道のりを5分できてしまった。

ピレウスという港まで、20分地下鉄でかかり、港に着いたのが、7時40分だ。
それから、チケット売り場をあれこれ探しまわり、なんとか8時発の予定をしていた船に乗れ
一息ついた。
私の乗った船は高速船ではなかったので、行きは3時間かかり、船でゆっくりと睡眠がとれた。
イタリア滞在のあとギリシャに入った私には、ギリシャの人々はどうもおとなしく、暗めに映った。
話す時にイタリア人のような身振りもなくあまり笑わない
ので言葉も分からない一人旅の私は少々警戒してしまったが、きっと地理的にはイタリアに近いが、性格的には日本に近くまじめな人種なのだろう、と強引なイメージをしてみた。

イドラ島の話に戻るがガイドブックによるとこの島は車の走っていない島で、又、芸術家の集まる島として知られているらしく、こじんまりしていて、家並みもカラフルで、道も迷路の様であった。
天気も良く帰りの船の時間までゆっくり時間が取れたので、島の中を
ボーっと歩き回った。
オフシーズンの為か村はひっそりとしていたが、海の色はとてもきれいだった。

アテネへ戻り、夜はユースホステルの近くのお店でギロスというナンのような平たいパン生地に肉、トマト、玉ねぎ、サワークリームをのせてまるめたギリシャの名物料理を
大阪から来た男の子と食べた。
彼もまたなんとなく旅を続けているようで、なぜ旅をつづけているのか、彼自身もギモンのようだった。

3日目の日曜日はアテネ市内を観光した。
日曜日は博物館、遺跡等の入場が無料だったので、アクロポリスや、プラカ地区(旧市街地)など、どこも観光客と学生で賑わっていた。

私自身、あまり遺跡に興味があるわけではなかったので、観光後は公園でのんびりすごした。
日曜の夜行船でサントリーに島へ向かうことにした私は夜の8時の出向まで時間が
あり、ピレウスの港も見学できた。
7時から乗船開始すると聞いていた私は早々と船着場
へと向かったが、船はまだ着いていない様であった。
近くにいた同じく島へ向かいそうな
いでたちをした男性に船について聞いてみると、彼も同じ船で島へ向かうということだった。
ギリシャ人でミケレウスという彼は仕事でナクソス島というサントリーニ島より一つ手前に止まる島へ行くということだった。
彼もイタリアに住んでいたことがあるということで、話もはずみ、寒い外での待ち時間もあっという間だった。


船は予定より30分遅れて港に着いた。
少々の混乱はあったものの、無事席も確保できた。

ミケレウスはファーストクラスを取っていたようで、問題はなかったようだ。

席で一息ついてからミケレウスと食事をし、ギリシャ料理をいろいろと教えてもらった。

ギリシャに着てからの2日間はギロスのみで食事を済ましてい私にとっては嬉しいことだった。
それからデッキからピレウスの港を2人で眺め岬の名前や空港の場所などを教えてくれた。
寒くなってきたので席へ戻りミケレウスと少し話をしてから別れた。

私の席はまた一番安い席で夜も電気がついたままで、寝心地が悪く、運悪く、後ろに座った人は風邪らしく、咳こんでいて、とても寝付けなかった。
そうこうしているうちに
アナウンスが入り、最初の島へ着いてしまった。
まわりがざわざわしはじめ、3時間くらいしか睡眠がとれなかった。
そんなわけで、朦朧としながらサントリーニ島へ着き、宿の客引きとの交渉もなんとなくで決めてしまった。
ホテルに着いてみると想像よりよいホテルだった。
とりあえず、一休みしてから、行動開始だ!

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